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「ノーナレ」番組?のうなれば嬉しいかも [TV]

記事タイトルを翻訳すると”「ノーナレーション」番組か、成程「ナレーション」が無くなれば嬉しいかも知れない”の意味である(いつも通り、ちょっと苦しい駄洒落になってしまった)。新聞のTV番組表を見て、NHK欄に「ノーナレ 元ヤクザが開くうどん店に密着!知られざる第二の人生」という番組を夜10時から放送する事を知ったのだが、この「ノーナレ」が私には解らなかった。「脳慣れ?NO慣れ?違うなあ」と思いながら、「ノーナレーション」の略であることに10秒程かかってようやく気が付いた。それにしてもNHKは「シブ5時」等のタイトル名の番組を放送して良いのだろうか?と思う。この「シブ」が「渋谷」である事を理解できない人が全国にかなりおいでなるのではないかと思う。NHK放送センターが東京都渋谷区にある事から付けられたらしいのだが、「シブヤ」の「ヤ」を取っただけで意味不明になっていて、縮めれば良いというものでもあるまい。民放ならともかく「公共放送が日本語を乱してどうする!」と文句の一つも言いたくなる。「ブラタモリ」も...止めておこう。


ひとくさり「ノーナレ」「シブ5時」にいちゃもんをつけさせて頂いたが、番組は素晴らしかった。「ナレーション」とは「解説」の意味だと思うのだが、余分な解説を省いた番組が観ていてこんなに惹きつけられるとは思わなかった。テーマが「元ヤクザ」という事もあったのかも知れないが、解説が無いので映像を真剣に観ていないと製作者が伝えたい事を見逃してしまう。普通、この類のTV番組には必ず声の解説があり、映像から目を離しても聞こえてくる解説で理解した気分になっているんだなあ、と気付かされた。つまり、解説を頼りにしてろくすっぽ画面を観ておらず、下手をすると解説通りの映像が映っている事を確認しているだけになっている。番組は「元ヤクザ」がうどん屋を開いて第二の人生を歩もうとしているのだが、ナレーションが無いので「元ヤクザ」が何を考えているのか?は目を見て自分で考えるしかない。番組は数人の「元ヤクザ」が一生懸命立ち直ろうとしている表情や振る舞いを映すだけだったので、余計に迫力があった。ドキュメンタリー番組等は「ノーナレ」で良いのではあるまいか?


スポーツ番組の「ノーナレ」はどうだろう?私が嫌いなのは、ズバリ「ゴルフ番組の戸張捷」この人がビッグトーナメント等で、とうとうとウンチクを垂れる解説には辟易する。逆に大好きなのが「プロ野球の桑田真澄、江川卓、古田 敦也」で技術や選手の心理状態を教えてくれるので、聞いていて楽しい(元阪神の川藤など、解説になっていないが勘弁してやって下さい)。そして「大相撲の北の富士と舞の海」だが、北の富士が老人(?)になって来た事もあって、最近ますます二人の解説のやり取りが面白い。それにしても、勝った力士が息も絶え絶えだったり、感極まっているのにインタビューに応えなければならないのは、見ていて気の毒にさえなる。それこそ「ノーナレ」の方が勝った力士の感動が伝わって来るのだと思う。私はこれまでスポーツは解説付きで観ていたのだが、プロ野球中継も解説無しで観られる時代なので、スポーツも「ノーナレ」で観る事にしようかな?その方が見えて来るものが多いのかも知れない。「解説の 自慢話に うんざりし」


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